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福岡地方裁判所小倉支部 平成5年(ワ)242号 判決

原告

甲野太郎

甲野一郎

甲野春子

原告ら訴訟代理人弁護士

配川寿好

中村博則

被告(○○刑務所在監中)

乙川三夫

主文

一  被告は、原告甲野太郎に対し、金二五五八万九五五三円及びこれに対する平成元年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野一郎に対し、金一三〇四万四七七六円及びこれに対する平成元年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告甲野春子に対し、金四〇三四万二九〇九円及びこれに対する平成元年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

六  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)に対し、金二六八七万四四六二円及びこれに対する平成元年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)に対し、金一三六八万七二三一円及びこれに対する平成元年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告甲野春子(以下「原告春子」という。)に対し、金六九一三万五九二三円及びこれに対する平成元年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告太郎は訴外甲野冬子(以下「冬子」という。)の夫であり、原告一郎は原告太郎及び冬子の長男であり、原告春子は長女である。

2  本件事故の発生

被告は、平成元年九月三日午前一〇時三〇分ころ、北九州市門司区大字今津七二番地先路上において、冬子及び原告春子に向けて散弾銃を発砲すれば、右両名が死亡するのを予測し、または予測しうる状態にありながら、散弾銃を冬子に向けて発砲し、散弾銃が冬子の頭部及び原告春子の腹部に命中した。その結果、冬子は、同日、脳挫傷で死亡し、原告春子は臀部銃創、小腸貫通創を負った。

3  損害

(一) 冬子の損害

(1) 死亡による慰謝料 二〇〇〇万円

冬子は本件事故により死亡した。このため被った精神的苦痛を慰謝するためには二〇〇〇万円が相当である。

(2) 死亡による逸失利益

二九七四万八九二四円

冬子は、専業主婦であったが、年収は、賃金センサス平成三年度女子労働者四八歳平均賃金によると、三二四万〇二〇〇円であるが、年収から三〇パーセントの生活費を控除し、死亡年齢四八歳から六七歳までの就労可能年数一九年に対応する新ホフマン係数を乗じた。

3,240,200×(1−0.3)×13.1160=

29,748,924円

(3) 葬祭費 一〇〇万円

(4) 合計 五〇七四万八九二四円

(5) 相続関係

原告らは、冬子の夫及び子であるから、同女の相続人であり、相続分は、原告太郎が二分の一、原告一郎及び原告春子がいずれも四分の一である。したがって、原告らが相続する損害賠償請求金額は、以下のとおりである。

原告太郎 二五三七万四四六二円

原告一郎 一二六八万七二三一円

原告春子 一二六八万七二三一円

(二) 原告春子の損害

(1) 治療の経過

原告春子は、本件事故により、臀部銃創及び小腸貫通創の傷害を受け、左記のとおり入院及び通院加療を行なった。

① 健和会大手町病院

平成元年九月三日から同月二〇日まで入院(一八日)

同月二七日から平成二年一月一五日まで通院(治療期間一一一日、実治療日数八日)

② 八幡製鐵所病院

平成三年二月一七日から同年三月二〇日まで入院(三二日)

平成四年二月一七日から同年三月一九日まで入院(三二日)

平成四年六月一一日から同年七月一九日まで入院(三九日)

同月二二日から同年八月四日まで入院(一四日)

同年一〇月一六日から同月二二日まで入院(七日)

平成五年二月一九日から同年一〇月二四日まで入院(六日)

同年九月三〇日から入院

なお、平成三年二月から平成五年一二月七日までのうち、右入院期間を除いて通院。

(2) 後遺障害

原告春子は、平成三年二月二〇日症状が固定し、腸閉塞及び穿孔性腹膜炎の後遺症を残した。この後遺症は自賠法施行令の後遺障害別等級表の第七級五号の「胸腹部臓器の機能に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当する。

(3) 具体的損害

① 治療費

イ 健和会大手町病院 七万三五二〇円

ロ 八幡製鐵所病院 八万三〇七三円

② 付添看護費 五五〇〇円×一五二日= 八三万六〇〇〇円

③ 入院雑費一三〇〇円×一五二日= 一九万七六〇〇円

④ 休業損害 一七万五四五四円

原告春子は、本件事故当時小野田化学工業に勤務し、昭和六三年度の年収は二一〇万五四五〇円であった。原告春子は、本件事故によって、平成元年九月三日から平成三年二月二〇日までの間に三〇日間の休業を余儀なくされた。したがって、このために被った損害は、以下のとおりである。

2,105,450÷12か月×1か月=

175,454円

⑤ 慰謝料

イ 入通院慰謝料 一〇〇万円

症状固定まで行われた入通院治療のために蒙った精神的苦痛を慰謝するためには、一〇〇万円が相当である。

ロ 後遺症慰謝料

二三五五万五六三七円

前記(2)の自賠法施行令の後遺障害別等級表の第七級五号に該当する後遺症のために被った精神的苦痛を慰謝するためには、二三五五万五六三七円が相当である。

⑥ 逸失利益二七〇二万七四〇八円

原告春子の昭和六三年度の年収は二一〇万五四五〇円である。自賠法施行令の後遺障害別等級表の第七級五号なので、労働能力喪失率は五六パーセントと認められ、年収に労働能力喪失率を乗じ、さらに、症状固定時の年齢二三歳から六七歳までの就労可能年数四四年に対応する新ホフマン係数を乗じた。

2,105,450円×0.56×22.9230=

27,027,408円

⑦ 合計 五二九四万八六九二円

4 請求金額

(一) 原告太郎の請求金額

(1) 冬子の損害の相続額

二五三七万四四六二円

(2) 弁護士費用 一五〇万円

原告太郎は、本訴追行を福岡県弁護士会所属弁護士である原告ら代理人らに依頼し、そのための費用として一五〇万円を支払う旨約した。

(3) 合計 二六八七万四四六二円

(二) 原告一郎の請求金額

(1) 冬子の損害の相続額

一二六八万七二三一円

(2) 弁護士費用 一〇〇万円

原告一郎は、本訴追行を福岡県弁護士会所属弁護士である原告ら代理人らに依頼し、そのための費用として一〇〇万円を支払う旨約した。

(3) 合計 一三六八万七二三一円

(三) 原告春子の請求金額

(1) 冬子の損害の相続額

一二六八万七二三一円

(2) 自己の損害額

五二九四万八六九二円

(3) 弁護士費用 三五〇万円

原告春子は、本訴追行を福岡県弁護士会所属弁護士である原告ら代理人らに依頼し、そのための費用として三五〇万円を支払う旨約した。

(4) 合計 六九一三万五九二三円

5 よって、原告らは、被告に対し、民法七〇九条に基づき、それぞれ4記載の請求金額(原告太郎は二六八七万四四六二円、原告一郎は一三六八万七二三一円、原告春子は六九一三万五九二三円)及び不法行為の日である平成元年九月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。同2の事実は否認する。同3、同4の事実は争う。

2  被告の主張

被告は、散弾銃を発砲したとき、冬子及び原告春子が本件事故現場にいたことは全く知らなかったし、右両名に弾が当たることは全く予想できなかった。

三  抗弁

1  責任能力

被告は、昭和六一年八月二四日から同年九月二日まで、精神科に入院したことがあったが、事件当日、極度の疲労と前夜からの不眠、飲酒のために意識がもうろうとした状態にあり、かつ、隣人であり、本件事故の被害者でもある訴外丙山夏夫(以下「夏夫」という。)に対する怒りからの興奮状態にもあり、現場付近の状況等の客観的事実の認識がなかった。したがって、被告は、本件事故当時、心神喪失ないしはそれに近い状態にあり、損害賠償義務を負う能力はなかった。

2  消滅時効

本件損害賠償請求権が発生した平成元年九月三日から起算して三年が経過したから、被告は、右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否及び原告らの主張

いずれも否認する。原告春子については、平成三年二月二〇日の手術時に腸閉塞及び穿孔性腹膜炎の後遺症が明らかになり、症状固定したというべきであるから、この日が原告春子の損害賠償請求権についての消滅時効の起算日である。

五  再抗弁(消滅時効の中断・抗弁2に対して)

原告らが相続した冬子の損害賠償請求権については、原告らは、平成四年九月二日到達の内容証明郵便により被告に対し請求し、その六か月以内の平成五年二月二六日本件訴訟を提起し、原告春子の損害賠償請求権についても、同日本件訴訟を提起した。

六  再抗弁に対する認否及び被告の主張

否認ないし争う。原告春子の損害賠償請求権に関しても、後遺症は平成三年三月二〇日腸閉塞及び穿孔性腹膜炎の後遺症を残したことを時効の進行中に知りながら請求しなかったのであるから、消滅時効は完成している。

第三  証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  請求原因2について

(一)  原告甲野太郎の本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したことが認められる甲第七五号証、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる甲第三ないし第七四、第七六号証並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

被告は、土地の境界に関する紛争等を発端として、隣家に住む夏夫に対し、以前から強い恨みを感じていたが、平成元年九月三日、自宅の庭でビニールシートを洗っている夏夫の妻訴外丙山秋子(以下「秋子」という。)に対し文句を言おうとしたが、秋子に文句を言えば、夏夫と喧嘩になり、腕力に優る夏夫からやっつけられると考え、かねて所持していた上下二連式散弾銃を組み立て、これに散弾実包二発(いずれも薬きょうの中に各九粒の直径八ないし九ミリメートルの鉛弾が詰まったシシ弾)を装填して安全装置を外し、それを自宅一階応接室ソファーの上に置いて、家を出た。そして、被告は、秋子に対し、水を流すななどと文句を言ったところ、これを聞いた夏夫が現われ、被告と口論になったことから、被告は、夏夫に対する怒りを爆発させ、用意していた散弾銃で夏夫を撃ち殺すことを決意した。

被告は、表側私道に出て来た夏夫と一言二言怒鳴り合うと、自宅から散弾銃を手に外へ取って返すや、同日午前一〇時三〇分ころ、自宅玄関先の幅員約3.1メートルの市道上において、被告から約四メートル離れた所に向かい合って立っていた夏夫を狙って、いきなり散弾銃を発砲したが、夏夫が身を転じてかわしたため、命中しなかった。しかし、夏夫の後方の原告太郎方玄関前付近で掃除等をしていた冬子(当時四八歳)の頭部及び原告春子(当時二一歳)の臀部から腹部に散弾が命中した。その結果、冬子は、約三〇分後に散弾銃創に起因する脳挫滅により死亡し、原告春子は臀部銃創及び小腸貫通創の傷害を負った。

(二)  被告の主張について

右認定事実に加えて、前示各証拠によれば、被告が使用した散弾銃及び散弾を使用した場合、発射時点から距離が離れるにしたがって散弾が散開し、二〇メートル以内であれば、なお相当の破壊力を有すること、現場は、幅員約三ないし四メートルの市道上で両側に人家が立ち並び、人の通りも稀とはいえないこと、本件事故が起こったのは日曜日の午前一〇時三〇分ころであること、被告は、かねてから趣味として猟銃による狩猟をしてきたもので、使用した散弾銃及び散弾の威力を知り、本件事故現場付近の状況や時間帯等を十分に認識したうえで犯行に及んでいることが認められる。

そこで、以上の事実を総合考慮すれば、被告は、散弾銃の発砲により現場付近の住民や通行人に殺傷の結果が発生することを容易に予見することができたというべきであり、少なくとも、冬子及び原告春子に対する前記侵害の結果を容易に予見しえたのに、右侵害行為に及んだものであり、被告は民法七〇九条により本件事故による損害を賠償する責任を負うというべきである。

3  請求原因3について

(一)  冬子の損害について

(1) 慰謝料

前記認定の死亡に至る経緯及び冬子が一家(夫原告太郎、長女原告春子、長男原告一郎)の主婦として家事に従事していたことなど、本件に現われた諸般の事情を考慮すると、本件死亡による冬子の精神的苦痛に対する慰謝料は二〇〇〇万円と認めるのが相当である。

(2) 逸失利益

前記認定のとおり、冬子は、死亡当時四八歳の専業主婦として家事労働に従事していたのであるから、本件事故により、右家事労働による財産上の利益を喪失したものというべきである。その逸失利益については、平均的労働不能年齢とされる六七歳に達するまでの一九年間について、女子労働者の平均年収二九六万〇三〇〇円(平成三年賃金センサス、産業計・企業規模計・学歴計・全年齢の女子労働者の平均給与額)に相当する収益を挙げうるものとして算定するのが相当である。そこで、右逸失利益について、生活費として三〇パーセントを控除し、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の現価を算定すると二七一七万九一〇六円(一円未満切捨て)となる。

2,960,300円×(1−0.3)×13.116=

27,179,106円

(3) 葬祭費

経験則上、冬子の死亡により少なくとも一〇〇万円程度の葬祭費を必要としたものと認めるのが相当である。

(4) 相続関係

原告太郎が冬子の夫、原告一郎及び原告春子がその子であることは当事者間に争いがないので、冬子の前記(1)ないし(3)の合計四八一七万九一〇六円の損害賠償請求権については、冬子の死亡により、原告太郎が二分の一の二四〇八万九五五三円、原告一郎及び原告春子が四分の一の一二〇四万四七七六円(一円未満切捨て)ずつ、それぞれ相続により承継取得したことになる。なお、葬祭費については、弁論の全趣旨により、原告らが、その相続分に応じ負担したものと認めるのが相当である。

(二)  原告春子の治療の経過

前示の甲第一八、第四一、第四九、第七三、第七五、第七六号証、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる甲第四、第五、第八三号証及び原告太郎本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(1)  原告春子(昭和四二年一〇月二八日生)は、請求原因3(二)(1)①記載のとおり入通院し、入院中に開腹手術を受け、右通院期間中にも強度の便秘症が続いていたが、平成三年二月一一日より排便がなくなり、同月一七日から腹痛が増強し、腸閉塞の診断を受け、同日から請求原因3(二)(1)②記載の入院を繰り返すようになったが(平成五年一二月七日当時も入院中。)、これは、平成三年二月二〇日、入院後も疼痛が改善せず、開腹手術に起因した癒着性変化に伴う小腸の絞扼性腸閉塞があったため、小腸の約半分を切除する手術を施行し、同年三月二〇日に退院したが、その後もしばしば癒着性腸閉塞を発症したことによるものであり、平成五年九月三〇日にも腹痛が出現し、腸閉塞に続いて起こった小腸穿孔による汎発性腹膜炎を起こし、同年一〇月六日に手術が施行された。

(2)  原告春子は、平成三年三月二〇日退院当時に、一応症状が固定したということができるが、その後も前記のとおり腸管癒着による腸閉塞、穿孔性腹膜炎を発症し、今後も同様の症状を来たす可能性があり、右症状が発現すれば、入院等の処置が必要となる状態である。

右各症状及び右各治療は、前記の経緯から明らかなとおり本件事故による受傷に起因するものである。

(三)  原告春子の損害

(1) 治療費

弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる甲第七八号証ないし第八一号証によれば、原告春子が本件受傷による治療費として、健和会大手町病院に対し七万三五二〇円、八幡製鐵所病院に対し八万三〇七三円(平成五年二月一日までの分)の合計一五万六五九三円を支出したことが認められる。

(2) 入院雑費

原告春子は、前記認定のとおり、本件受傷のため健和会大手町病院及び八幡製鐵所病院に少なくとも一五二日間入院したのであるから、経験則上、入院一日につき少なくとも一三〇〇円、合計一九万七六〇〇円の雑費を要したものと認めるのが相当である。

(3) 付添看護費

前記認定の原告春子の受傷の部位、程度、治療経過を考慮すると、入院期間のうち少なくとも五〇日は付添看護を必要とし、少なくとも一日当り五五〇〇円の付添看護費用を要したものと認めるのが相当である。そうすると、その額は合計二七万五〇〇〇円となる。

(4) 慰謝料

以上認定の事実によれば、原告春子が本件事故による傷害及び後遺障害のため精神的苦痛を受けたことは明らかであり、これに対する慰謝料額は、右傷害の部位、程度、治療状況など諸般の事情を総合すれば、一〇〇〇万円と認めるのが相当である。

(5) 休業損害

前示甲第七五、第七六号証、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる甲第八四、第八五号証によれば、原告春子は、本件事故当時小野田化学工業に勤務し、昭和六三年度は年収二一〇万五四五〇円を得ていたこと、本件事故により、平成元年九月三日から平成三年二月二〇日(症状固定の日)までの間に三〇日間の休業を余儀なくされたことが、認められる。したがって、その間の休業による損害は一七万三〇五〇円(一円未満切捨て)ということになる。

2,105,450円÷365×30=173,050円

(6) 逸失利益

前記認定のとおり、原告春子は、症状固定した平成三年二月二〇日以後も、腸閉塞及び穿孔性腹膜炎の後遺症を残しており、労働能力を少なくとも五六パーセント程度喪失したものと認めるのが相当である。そして、右後遺障害は、その症状の部位、態様、程度等を考慮すれば、少なくとも二〇年間は継続するものと認めるのが相当である。そこで、その間の逸失利益額は次の計算により一四九九万五八九〇円となる(原告春子は本件事故当時二一歳、症状固定時二三歳であったから、右後遺障害が事故後二年から二二年までの二〇年間継続するものとして、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して事故当時の得べかりし利益の現価を算定する。一円未満切捨て)。

2,105,450円×0.56×(14.5800−1.8614)

=14,995,890円

4  請求原因4(弁護士費用)について

原告らが、本件訴訟の提起と追行を弁護士(原告ら訴訟代理人)に依頼したことは記録上明らかであり、弁論の全趣旨によれば、右弁護士らに対し、原告太郎は一五〇万円、原告一郎は一〇〇万円、原告春子は三五〇万円の各支払を約したことが認められ、本件事案の難易、請求額、認容額など諸般の事実を総合すれば、そのうち、本件事故と相当因果関係ある損害として被告に賠償を請求しうる額は、原告太郎一五〇万円、原告一郎一〇〇万円、原告春子二五〇万円と認めるのが相当である。

5  右3及び4の認定説示より、各原告が被告に対して賠償を請求しうる損害額は、原告太郎については二五五八万九五五三円(3(一)(4)の二四〇八万九五五三円と4の一五〇万円)、原告一郎については一三〇四万四七七六円(3(一)(4)の一二〇四万四七七六円と4の一〇〇万円)、原告春子については四〇三四万二九〇九円(3(一)(4)の一二〇四万四七七六円、(三)(1)ないし(6)の合計二五七九万八一三三円及び4の二五〇万円)となる。

二  抗弁について

1  抗弁1(責任無能力)について

前示各証拠によれば、被告は、本件事故を起こす前に異常な興奮状態を示して一〇日間総合病院の精神科に入院していたこと、本件事故前夜から当日朝にかけてビール中瓶数本を飲み、若干睡眠不足気味であったこと、本件事故当時夏夫に対する怒りから興奮状態にあったこと、冬子や原告春子が付近にいたことを認識していなかったことは認められるが、他方、被告は、犯行及びその前後の状況について記憶の欠落がなく、捜査官に詳細な供述をしていることも認められ、これらの事実によれば被告が本件事故当時心神喪失ないしは心神耗弱状態にあったことを推認することはできず、本件全証拠によっても被告が本件事故当時心神喪失ないしは心神耗弱状態にあったことを認めることはできない。

2  抗弁2(消滅時効)について

原告らが相続した冬子の損害賠償請求権の消滅時効の起算日は、冬子が死亡した平成元年九月三日であり、原告春子の損害賠償請求権の消滅時効の起算日は、前述のとおり、症状固定日である平成三年二月二〇日であるとそれぞれ認められるが、右各起算日から三年が経過したこと及び被告が消滅時効を援用したことは記録上明らかである。

三  再抗弁(消滅時効の中断)について

弁論の全趣旨によって真正に成立したことが認められる甲第一号証及び第二号証により、原告らが、相続した冬子の損害賠償請求権について、平成四年九月二日到達の内容証明郵便によって、被告に対しその請求をしたことが認められ、その六か月以内の平成五年二月二六日本訴を提起したこと及び原告春子は、自己の損害賠償請求権について、消滅時効の起算日から三年以内の同日本訴を提起したことは記録上明らかである。

したがって、原告らが相続した冬子の損害賠償請求権及び原告春子の損害賠償請求権は、いずれも消滅時効の中断が認められる。

四  結論

1  以上の全認定説示を総合し、原告らは、被告に対し、本件損害金(原告太郎は二五五八万九五五三円、原告一郎は一三〇四万四七七六円、原告春子は四〇三四万二九〇九円)及びこれに対する不法行為の日である平成元年九月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有するというべきである。

2  よって、原告らの本訴請求は、右認定の限度でそれぞれ理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、仮執行免脱の宣言については相当でないから付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官綱脇和久 裁判官犬飼眞二 裁判官平島正道)

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